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AI時代、「1人編集長」に向けた媒体運営の要諦〜社内AI推進担当の「こんな時、どうする?」Vol.6〜

限られたリソース、ノウハウの共有不足、予算獲得の難しさ… 1人編集長には、多くの悩みがつきまといます。生成AIが登場したことで、こうした課題は改善に向かいそうな気もしますが、これらとはまた別の難しさが発生しそうな気もします。

そこでこの連載最終回となる本稿では、「AI時代に1人編集長に求められる素養」について考察していきたいと思います。

なお、便宜上「1人編集長」と題していますが、少人数で編集部を回している組織の方であれば、共通する点が非常に多いのではないかとも思います。

まむし
まむし

慶應義塾大学法学部卒業後、ネットニュースにて記者を務め2013年に国内大手のメガベンチャーへ転職。編集部門を立ち上げ、責任者として10以上のウェブメディアの立ち上げに携わる。2020年には経営学修士(MBA)を取得しビジネス領域での理論を応用した編集現場の知見を各地で講演・執筆。

意外と多い「1人編集長」。経営層にはしごを外される「前」に

コンテンツマーケティングが一般的になったいま、専門の編集部門がない状況で、1人ないし少人数の担当者でオウンドメディアを立ち上げる事例はまったくもって珍しくありません。

オウンドメディアの立ち上げ当初は社内的な期待もありますし、高揚感もあるのですが、運用からしばらくたつと、「ヒト・モノ・カネ・情報」のすべてが欠乏し、とん挫しがち。

あらゆる業務を一人でこなさないとならず、企画的な業務に手が回らなくなり、メディアを立ち上げた当初の目的がどんどんかすんでいく…という事態が往々にして起こります。

オウンドメディアを立ち上げるような企業は自社ブランディングに意欲的な「成長期にある企業」でもあるため、ビジネス環境も経営層の考えも変わりがち。その結果、編集担当者から見ると方針変更が「はしごを外される」ような構図になりやすく、それが士気を奪うことがあります。

こういう状況が続くとだんだん編集者は、「土俵の真ん中で相撲が取れない」状態に陥り、言ってみればじり貧の状態に陥っていきます。戦略を立てようにも、経営層・制作現場・読者それぞれのニーズのはざまで板挟みになり、着地点が見いだせないことも。

うまいこと生成AIも活用しながら、こんな「残念な事態」を防げないか。それが、本稿で考察したいことです。

広がり続ける「編集者の役割」~コミュニケーションプランナーとしての可能性

大前提として、こと事業会社のオウンドメディアにおいて、編集者の果たすべき役割は非常に広範に及びます。

専業メディアであれば、コンテンツを制作する工程に注力できるところ、オウンドメディアの場合「モノをつくれば誰かが読んでもらえる」という状況はむしろ希少。


多くの場合、そのコンテンツを誰に・どんなチャネルを用いて発信するのが最適なのかを考えるマーケティング的な視点が必要になってきますし、オウンドメディアを存続させるためには、経営層との握りが重要になってきます。

経営層側がメディアに対して一定の理解やコミットメントがあればかなり仕事はしやすくなるのですが、必ずしもそうではありませんし、前述のとおり、事業を取り巻く環境は日々変動することもあり、経営側からの期待が時期によってブレることも、現実には起こりえます。

僕はオウンドメディアを運営する編集長の方々とお話することが多く、上記のようなお悩みは飲み会での定番ネタになるほどの「あるある」なのですが、これを単なる愚痴で終わらせずに「自社でも当然起こりえるもの」と認識し、どう先手を打っていくかというのが、特にインハウスで少人数で編集部門を運営する編集者(編集長)には求められるように思います。

そのためには自社のビジネス現場で起こっていることにアンテナを張り、こと「情報発信」の文脈においては経営層と同等またはそれ以上に先手を打って分析的に状況を考え、企画を提案する。

時にそれは、「メディアに記事を載せる」だけでなく、イベントを企画したり、営業サイドにも使えるツールを作ることだったりもして、アウトプットが非常に幅広くなっていきます。

ある意味そうしたアウトプットのバリエーションを広げる過程においても、様々な生成AIが登場しており、それらをいかに活用し、「最も読者に刺さる形で」自社のメッセージを発信していくかというのも、これからのテーマと言えそうです。

このシリーズ第4回目でも触れましたが、ビジネス活動を通じて、企業には様々な情報が蓄積されています。

第4回目:社内に眠るデータの宝をメディアでフル活用する方法

それらをどう活用し、企業として何を発信すべきなのか。企業としての”WEメッセージ”(私たちはこう考えている)を打ち出していくか。それが、編集”長”と呼ばれる人には特に求められていくのだろうなと感じています。

「それ、AIでできるでしょ?」周囲から言われたときは

「WEメッセージを打ち出せること」に加え、今後ますます求められるようになるのは、「コンテンツを生み出す仕組みを作る能力」だと思っています。

「AIを使ってもっと時間やお金を節約してコンテンツをつくれないか」。生成AIの登場以降、こうした投げかけがメディア運営の現場では日常的になりつつあるのは僕が言うまでもありません。

コンテンツ制作にはコストも時間もかかりますし、これらが削減できるのであれば、経営層も担当者も嬉しいはず…ですが、少なくとも2024年現在において、何もかもAIにおまかせで品質を維持できるわけでもありません。

目の前の仕事のコアバリューを見定め、その価値を最大化させる形でうまくAIを活用したり、人間同意でチームワークをとったり。そうした「組織づくりができる人材」は、編集領域を問わずにビジネス領域全般において求められていくのだと思います。

この点についてはこの連載第3回で挙げたように、業務特性に応じたハックをどう組織内に提案できるかが肝であり、「AIを使うこと」を目的にするのではなく、最適解を探り続ける姿勢が重要になってきます。

第3回目: AI導入、目的化してない?業務特性を見極めたDXのススメ 

「一人編集長はつらいよ」孤独との向き合い方

「組織としてのWEメッセージを提案し、コンテンツをつくる仕組みづくりをする」。これが今後の編集長に求められる姿なんだろうな…と僕としては思いつつ、一方でこれはかなり孤独な仕事だったりもします。

「一人」編集長の場合そもそも物理的にも孤独なのですが、仮に複数人のメンバーが在籍していたとしても、やっぱり管理職特有の孤独感は付随します。不確実性の高い中でアイデアを出すのには勇気もいりますし、組織を動かす過程では、大なり小なりの反発は起こるものだとも思いますし。

そうしたとき、AIに何か相談して先が見えるのであればそれでもいいですが、個人的には、自分と同じような境遇にいる人たちとつながって、知見を交換し合うのがおすすめです。

なぜリアルでの情報交換を推しているのかというと、生成AIという技術がまだ新しいものである以上、ネット上に示唆的なアイデアがそんなに転がっていないからです。こういう領域においてはむしろリアルの世界でつながり、生の情報を得続けることが大事なような気がするというか。

こんな原稿を書いている僕が言うのも矛盾しますが、皆さんが今目の前に見ている光景こそが現場の最前線であり、皆さんの感じ・考えたことが一番の知見だったりもします。誰かにその答えを求めるというよりは、目の前の問いにしっかりと向き合い、(時にはヒントを外に求めながらも)ご自身で答えを出す。その繰り返しの中で「読者にとって良い状態」を作っていくことが大事だと僕は考えています。

「一人編集長」は、社内では”一人”かもしれませんが、社会全体でみるとめちゃくちゃな人数いたりするので、横の連携をとって業界全体を盛り上げていきましょう。

さいごに

さて、6回にわたってお届けしてきた本連載「社内AI推進担当の『こんな時、どうする?』」も、いったん本稿で筆をおこうと思います。こんな原稿を書いておきながら、僕自身もAIの活用は道半ばですし、日々凹んでばかりなのですが、皆さんの何らかの参考になっていたら、とてもとてもうれしいです。

繰り返しにもなりますが、「AIにどう向き合うか」は企業にとって避けて通れない問いになりつつあり、ちょっとした糸口からイノベーションが起こせるチャンスがあります。編集部を運営するのって本来クリエイティブで楽しい仕事ではあるはずで、編集長がやりがいをもって働けている状態が、おそらく健全でもあるはず。そんな視点で楽しみながら、お互いチャレンジを続けていきましょう。皆さんの取り組みを、心から応援しています。

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