企業へのAI導入、成功の3ステップ ―社内AI推進担当の「こんな時、どうする?」Vol.2
「ChatGPT」が2023年からバズワードとなり、生成AIを実務にどう生かすべきか、多くの企業が検討を始めています。とはいえ、「ChatGPTを導入したのはいいものの、期待していたほどの成果が出ていない」「社員によって活用度にばらつきがあり、組織全体としてのメリットを実感できていない」といった課題を抱えているのも実情です。
「AIを導入してそれで終わり」ではなく、AIを活用して組織全体の能力の底上げをし、戦略的に次の展開を描き続けるにはどうすべきか。企業のAI推進担当として頭を抱えてきた筆者が、AI導入の具体的ステップを解説していきます。
目次
組織変革を成功させる3ステップ
そもそも論なのですが、組織において業務フローを変えるのは、そう簡単ではありません。特にチームワークが求められる仕事の場合、当事者全員がついてこられるようなフローでないと回りませんし、ことAIに関しては登場してから日が浅いこともあって、現場のアレルギーも想像できます。「ChatGPTを導入すれば自然とみんなが使いこなせる」なんてことはそうそうなく、AIを導入するときは「これは組織変革の一環なのだ」という意識をもつことがまず必要になってきます。
こう表現するとハードルがあがってしまう感じがしますが、経営心理学の領域だと、クルト・レヴィンという心理学者が「組織変革の3ステップ」というのを提唱しており、それに沿う形でAI導入を組織に根付かせていくと、ハマりやすいのでは、と思っております。
レヴィンによると、組織変革は「解凍、変革、再凍結」という、3つのステップをたどるそうです。
- 解凍 (Unfreeze): 組織の現状を把握し、既存の業務プロセスや文化、価値観を「解凍」する。この段階では、現状における課題や非効率な点を洗い出し、変革の必要性を関係者全員が認識することが重要と言える。
- 変革 (Change): 次に、AI導入による具体的な目標設定を行い、新しい業務プロセスやシステム、評価基準などを構築する。社員への研修や意識改革などを通じて、新しい働き方への適応を促すことが求められる。
- 再凍結 (Refreeze): 変革が定着するまでには時間と労力が必要。新しい働き方やAI活用が組織文化として根付くように、継続的な評価、改善、そして成功体験の共有を通じて、「再凍結」を促す。
普通、組織を変えよう、業務を変えようと思うといきなり2番目の「変革」から突っ走ってしまいがちだと思うのですが、「まずは現状の問題点を把握(解凍)することが重要」であり、変革後もその文化が定着するように働きかける工程(再凍結)が必要だと指摘している点が、ポイントと言えそうです。
それぞれ、企業へのAI導入という文脈で見てみましょう。
1. 既存文化の「解凍」:現状の課題を洗い出す
上述の通り、AI導入を成功させるためには、まず、既存の業務プロセスや文化を見直すことが重要です。そのためには、現状における課題を明確化していく必要があります。
しかし、長年続けてきた業務を客観的に評価するのは思いのほか容易ではありません。「今まで通りのやり方」が当たり前になっていたりしますし、「この業務に、これ以上の改善の余地はない」と、担当者自身の思考が停止していることもあったりします。
そういう場面で有効なのが、「その業務の最終的なアウトプットは何か」という視点を持つことです。まずはアウトプットを起点に、「そもそも本当にその業務が必要なのか」「業務の質・コスト・納期(QCD)」は最適かを検討する。すると、改善すべき点が明確になってきます。
なお、ここで強調しておきたいのですが、業務評価をするときは「質・コスト・納期」が要求水準を下回っていないかという視点だけではなく、「上回りすぎていないか」という視点を持つことをお勧めします。最終的にその業務のアウトプットを受け取る相手は、そこまでのクオリティやスピードを求めているのかどうか。そこに対して応じようと無理をしていないか。そういうことも含めて客観的に評価する。そうすると、力の抜きどころが見えてきますし、「このくらいの要求水準ならITツールをもっと活用してもいいかも」など発想の幅が広がります。
「この資料作成業務は本当に必要なのか?」「従来通りのクオリティを維持しつつ、工数を削減する方法はないか?」といった視点で、既存業務を見直してみましょう。
2. 変革:AI導入による具体的な目標設定
既存業務の棚卸しが完了したら、次はAI導入によって「何を、どう変革するのか」を具体的に定めていきましょう。
これもAI導入に限らない話ですが、業務改善の方向性は、大きく「プラスをさらにプラスにする」または「マイナスをさらに減らす」の2つに分けられます。
例えば、営業部門であれば、「AIを活用して新規顧客獲得数を増やす」というプラスをさらに伸ばす方向性と、「AIで業務効率化を図り、残業時間を削減する」というマイナスを減らす、2つの方向性が考えられます。
重要なのは、どちらの方向性でAIを活用するのかを明確にした上で、可能な限り数値化できる目標を設定することです。
例えば、「顧客対応時間を20%短縮する」「受注率を5%向上させる」「資料作成にかかるコストを30%削減する」といった具体的な目標を設定することで、AI導入の効果を可視化しやすくなり、その後のPDCAサイクルをスムーズに回せるようになります。
3. 再凍結:AI活用の定着と組織文化への浸透
AI導入の効果を最大化し、持続的なものにするためには、単にツールを導入するだけでなく、組織全体にAI活用の文化を根付かせることが重要です。
そのためには、以下のような取り組みが有効です。
- AI活用相談窓口の設置: Slackなどのコミュニケーションツールや定例会議などを活用し、気軽にAI活用に関する相談や情報共有ができる場を設ける。推進していきたい度合いにもよりますが、定例会議を設けるなどして相互の状態をレビューする。
- 社内での成功事例共有: AI導入による成功事例を社内全体に共有したり、「こんなことがAIでできないか」という要望を募り、検証する。他の部署や社員のモチベーション向上につなげる
- 社外事例の積極的な情報収集: AI関連のセミナーや事例紹介などに参加し、常に最新の技術や活用方法に関する情報を収集する。特にAI推進担当者が外にアンテナを張り、自社にはない知見を持ち寄っていくことが重要。
- 継続的なPDCAサイクルの実施: AI導入の効果を定期的に検証し、必要に応じて運用ルールや目標を見直す
こんな風に、発信や情報共有のハードルをできるだけ下げて、まずはAI活用を日常化させる。その集積として、組織文化としての定着を目指すことが担当者に求められる役割だと言えます。
AI導入を推進するタスクフォースの重要性
ここまでがAI導入を推進するうえでの大枠のステップですが、この連載第1回目でも紹介した通り、AI導入をスムーズに進めるために、社内に「AI推進タスクフォース」を立ち上げることをおすすめします。
タスクフォースのメンバーは、AIの専門知識を持つ担当者だけでなく、現場をよく知る各部署の代表者など、多様な視点を持つメンバーで構成するのがおすすめ。そのうえでまずはメンバー全員がAIの基本的な仕組みや活用方法を理解することが重要です。
例えば、ChatGPTの基盤技術である「LLM(大規模言語モデル)」は、大量のテキストデータを学習することで、人間のように自然な文章を生成したり、質問に対して適切な回答を返したりすることを可能にする技術です。
しかし、LLMはあくまでも統計的な処理に基づいて言語を扱っているため、時には事実とは異なる情報を生成したり(ハルシネーション)、倫理的に問題のある表現を生み出してしまう可能性も孕んでいます。
タスクフォースでは、このようなAI技術の特性や潜在的なリスクについても共有し、「AIは万能ではない」「AIにも得意・不得意な分野がある」といった基本的な認識を共有することで、現場での活用がよりスムーズになり、効果的な活用方法を生み出すアイデアも生まれやすくなります。
AI推進担当者:組織変革の旗振り役
最後に、タスクフォースの中でのAI推進担当者の役割は当然ながら極めて重要となります。
AI推進担当者は、単に「AIツールの導入決裁を申請する人」ではなく、AIを活用した業務改善を主導する「旗振り役」としての役割を担う必要があります。前述のタスクフォースでの知見を積極的に集め、発展させて全社に展開したり、プロジェクトの成果を何らかの形で報告する必要があります。
これらを行う上で個人的にとても重要だと思うのは、AIに関する動向をウォッチしておくこと。外部のセミナーや勉強会、コミュニティなどに積極的に参加し、他社がどのようにAIを活用しているのかや、AI自体の技術革新についても目を配らせ、「自社の取り組みがどの程度進んでいるのか」「社外にはどんな先進事例があるのか」を積極的に社内に持ち帰ることをおすすめします。
可能であれば様々な勉強会やコミュニティでも自社の取り組みを積極的に発信し、他社の担当者と意見交換するのもおすすめ。「あの会社はAIを積極的に活用していて、先進的な取り組みをしている」というイメージを発信できればタスクフォースの士気も上がりますし、何より担当者としてモチベーションも上がります。
AI推進者は社内では少数かもしれませんが、日本全体でみると相当数いるはずなので、ぜひ横のつながりを作り、「AIと今後どう付き合うべきか」、最先端の議論を楽しんでもらえるといいんじゃないかな、と思います。
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